2015年11月24日火曜日

「衰」

今シーズンも審判として数十試合こなしました。
帯同全盛期に比べれば半分以下の試合数でしたが。
実は昨年、スタッフに審判半引退宣言をしました。
トップチームが県リーグでの戦いとなった事で、自分の審判としてのスキルとフィジカルがついていけなくなってきた事が理由です。
しかし現状では県リーグと言えども帯同審判制となっているため、自分達のゲームの前か後に審判をしなくてはなりません。
コーチは「谷さん今年も審判よろしくお願いします」って、辞めるって言ったじゃない!
「谷さんがやってくれないと選手たちはゲームで全力出せません」って・・・。
「やっぱり谷さんじゃないと」って相変わらず乗せるの上手いね。
で結局やってる俺も俺だけど。
50になって90分間走って、自分の子供みたいな年の選手にゲーム中に嫌味言われて、う〜辛い。
帰って来てふくらはぎパンパンに腫れて歩けなくて仕事休んで・・・。

コーチも私の性格完璧に把握してて「やりたいくせに」ってバレてます。
ん〜審判やりたいわけじゃないんだよな〜。
楽しくもなんともないもの。
ただ関わりたいだけなんですよね。
自分がいないとこで面白い事起きてるのが耐えられないっていうか。
でも現実としてそろそろ限界。
この前コーチに「審判流して良い?」って聞いてみた。つまり審判資格消失して良い?
まあ中学生のゲームなら時間も短いし文句も言ってこないからやれるっちゃやれるんですけど。
「ダメですよ」だって。
「良いですよ」って言わないだろうと思って聞いてるのバレてます。
ただね確認したいんすよ。まだ少しは必要としてくれてるかなって。
いつかお疲れ様でした、もう良いですって言われたら多分泣く。
する事なくなって一気に老いていく。
何か次の手を考えないとな〜。

①太鼓買って応援の練習
②コーチより高い指導者資格とる
③バス買ってタダで送迎する
④チーム買収してオーナーになる

①は直ぐに中止命令出るからダメ
②は以前言ってみたらそれでもコーチにはしないと言われた
③はアリだけどそんなお金は無いし前に車買い換えたら「アレ?マイクロじゃないんですか?」とふざけた事言われた。
④金だけ出して黙ってろと言われるだろうしそんなお金無い
結局フィジカル上げて倒れるまで審判しかないって事か。
なんだかんだ言っても突然要請してきたり、美味しいとこで誘ってくれるあの人達が嫌いでお気に入りです。
アラグランデって楽しいチームだ!
そんな奴らに乗せられてる俺は単純だ!
さあ来週は諏訪で審判だ。


2015年11月16日月曜日

「頂」

先週の歓喜から1週間後の週末。
まず土曜日、東京まで行ってきました。
高校サッカー選手権東京都予選決勝。
帝京高校VS國學院久我山高校。

帝京高校3年生の河野翔太選手の応援。
2連覇中の國學院久我山に対して、6年ぶりの全国を目指す帝京高校。
0-0と前後半で決着が着かず延長戦へ、延長開始直後決定的なチャンスを得るも得点ならず。

結局PK戦へ、帝京の6人目の河野選手、ちょっと甘いコースでキーパーに弾かれるもゴールイン、おいおい頼むよ翔太。
7人目の帝京が外してジエンド。
残念ながらアラグランデOBの選手権出場は来年以降に持ち越し。
翔太は高校3年間ずっと怪我との戦いでした。
おそらく3年間のうち半分位しかやれてないのでは?
それでもレギュラーを掴み西が丘での決勝の舞台に立っている姿を観て白馬からの応援団も皆んな感激してました。
3年間お疲れ様でした。まだまだ大学でも頑張って下さい。

そしてあくる日。
来週はピザーラあるし、家の事やらなきゃいけないから家にいたんですけど、やってもーた・・・。
全日本ユース(U-15)フットサル選手権長野県大会。
アラグランデ優勝!
やってもーた!見逃してもーた!
夜3年生のおとーさんから電話来て「何してんの?」、く〜っ!
良いんですよ、長野県獲るのわかってたから北信越観に福井にいくつもりでしたから!

先週の昇格戦で3年生も一区切りかな?なんて思ってたけど、まだまだ続きます、勉強もしっかりやって下さいね!
いやいやシーズンも終盤に入って嬉しいニュースですね。

2015年11月7日土曜日

「棘」

現時刻11/7 21:20
今日一つの思いが成就された。
高円宮杯U-15サッカーリーグ・長野県中信1部への来季昇格が決まった。
通称ユースリーグに参戦初年度からアラグランデはずっと2部だった。
3部に落ちそうになった年もあった。
昇格の可能性のあった年もあった。
それは私にとっても忘れられない悔しさとなって今まで棘となって胸に刺さっていた。
それは4年前の2011年、次男が中学3年生の出来事。
ユースリーグの昇格・降格はその年によって違いがあります。
2011年は中信2部はA・B・Cと3グループ、1位のみ昇格、それ以外は全て昇格の可能性がありませんでした。
アラグランデは最終節を残してCグループ1位、最終節は2位のチームとの直接対決。
この最後のゲームに受験を控えていたこともあり3年生は2名。
結局このゲームを落とし2位に順位を落とし大手をかけていた昇格を逃してしまいました。
次男はどう思っていたかわかりませんが、私はこのシーズンの終わり方がいまだに尾を引いていました。
実は今日仕事が入っていました。
4日前、🌾コーチから「7日の入替戦、是非観に来てもらえませんか?」と。
行って良かった。
こんなに熱くなれたゲームは滅多に観れないだろう。
現役の選手の父兄だけじゃなく、OBもいた、OBの父兄もいた。
1試合目の残り1分の劇的な気持ちで奪ったゴール。
2試合目決定戦の0-1からのアラグランデのサッカーで奪った後半の3得点。
たかが地区リーグの2部から1部への昇格かもしれない。
まだまだ上がある。
でもそんな小さな事でもない。
そしてまたここから始まる。

家に帰ってホームページの更新作業をしていたら🌾コーチから電話がかかってきた。
少し声が震えているように感じた。
ほぼ毎年🌾コーチとユースリーグをバスで一緒に帯同してきた。
選手の前では喜びや悔しさを表に出すのを控えていたと思う。
電話ではそんな抑えていた思いを少し話してくれた。
長く行動を共にしてきたけど、何か共有出来た気がする。
4年間の私の引っ掛かりもとれた。
少なくとも私のアラグランデの歴史15年の中で1番の日でした。
今日の出来事が小さな事になるような未来がまた来る日を楽しみにしています。