2014年11月7日金曜日

「通過点」

今日は高校サッカーについて話します。
先日次男が高校サッカー部を引退しました。
引退という言葉だけ聞くと大袈裟に感じるかもしれませんが、あくまでサッカー部を引退ということなんです。
どこの高校サッカー部でも似たようなものですが、高校サッカーでは年間を通してのリーグ戦・夏のインターハイ・冬の高校サッカー選手権と3つの公式ゲームがあります。
リーグ戦は地区・県・プリンス(関東や北信越等)・プレミア(日本を東と西に分けて)とピラミッド型になって4月から12月くらいまで行われます。
リーグ戦はまだ残ってはいるんですが冬の選手権が3年生にとって最後の大会になります。
選手権の県予選トーナメントに勝って全国大会への切符を勝ち取れば引退は年明けの本大会まで伸びるわけです。
学校によってはインターハイが終わって3年生を引退させるところもあるし、選手自ら受験の為に引退時期を決める事もあります。
次男の通う高校は夏のインターハイで県ベスト4だったので、選手権予選にシードされ3回戦からの出場でした。
3回戦を突破して行われた準々決勝は県リーグ首位の相手、結果は1-5と惨敗でした。
昨年インターハイ・選手権と全国大会に出場したディフェンディングチャンピオンチームでしたが今年は無冠のまま終わってしまいました。
次男の話しを少し、茨城へ進学してすぐに彼には理解出来たようです。
自分のレベルの低い事に。
「チームで一番ヘタクソ」って言ってました。
部員は1年生の時80人、2年生の時90人、3年生の時には120人になってました。
部内にチームは3つ、Aチーム・Bチーム・Cチームです。
1年生の時にはCチーム、2年生の時にはBチーム、3年生もBチームでした。
リーグ戦も進みインターハイも終わり後は選手権という時期になりました。
選手権の登録は25人、試合毎のベンチ入りは20人です。
選手権の1ヶ月ほど前に県協会に登録メンバーを提出します。
その中に次男の名前はありませんでした。
大会が始まる直前に最終登録というのがあります。
滑り込みました。
公式戦としてのAチーム初登録でした。
初戦となったトーナメント3回戦・準々決勝とベンチ入りした姿を観ることが出来ました。
試合には出ることができませんでしたが、Aチームのユニを着た姿をみせてくれました。
正直な話しここまで来れるとは思っていませんでした。
負けた後泣き崩れる選手、呆然とする選手がいる中彼は笑みさえ浮かべ清々しい顔をしていました。
その瞬間「あーここに行かせて良かった」と思いました。
素晴らしい仲間に恵まれ、リスペクト出来る指導者に出会え、辛かったことも含めての笑顔だったのだと思います。
大学でも本気でサッカーを続ける決意をしたようです。
高校サッカーで燃え尽きてしまう選手も多くいる中でまたまだサッカーを続けていくという気持ちを持ってくれているのは嬉しい事ですし、そんなプレイヤーに育ててくれたアラのスタッフに感謝してます。
県外に行ったから凄いとか、強い高校だから凄いとかそんな事はありません。
そのステージでその瞬間瞬間にどれだけやれるか、やるのかが大事だと思います。
応援してくれていた方々とアラグランデに関わる全ての方にお礼を申し上げます。

2014年8月25日月曜日

「再開・再会」

7月の終わりから毎週のようにアラグランデ主催大会が行われています。
本部役員という事でお手伝いをさせて頂いています。
そこで「辛いこと」
特にありません。

「嬉しいこと」
数年に渡るこうしたお手伝いや審判としてアラグランデに関わってきて知り合った、長野県はもちろん他県のチームのコーチ達と再開して気軽に話しかけて頂いたり出来るようになった事。

「嬉しいけど考えさせられること」
昨日の事ですが4年生のあるお母さんから名前で声をかけられました。
「ブログの更新まだですか?」と。
こんなつまらない独り言を気にかけて頂いてること、それなのに更新が滞ってること。
昨年の夏からジュニアやジュニアユースと帯同することがなくなってきた為、アラグランデをネタに書いてきた私にはネタ不足という現実があるわけでして・・・。
ウチの子は大学2年と高校3年生、4年生の選手とは絡んだことが無いのですが、こういう形で違う世代の選手やご父兄とつながりが出来ることは嬉しいことです。

今日は本部にはスタッフ以外で私ともう1人OBが手伝いに来てくれていました。
長男と同級生の大学2年生。
大阪から帰省中に毎週末はずっとアラのお手伝いをしてくれました。
自分達が小さい頃そうやっていろんな人に助けられサッカーをしてた事、今はわかるから当たり前みたいな感じでやってくれてます。
そしてもう1人OBがスノーハープに突然現れました。
一昨年ジュニアユースを卒業した選手です。
身長かグッと伸びて筋肉も付いて逞しくなった姿。
ゲームの間に4年生とボールを蹴る。
きっと誰だかよくわかってないと思う。
コーチに言われてからじゃなく今度会ったら自分達から「ボール一緒に蹴ろう」って言葉が出るようになればね。
この2日間コーチにいっぱい怒られてたね。
ゲームの事で怒られてはいなかったはず。
怒られてたのは全部オフザピッチでの事。
少しづつ覚えていきましょう。
もうひとつ面白かった事。
あるチームの一人のディフェンダー、相手のロングボールに全部「OK!」と叫ぶ、そしてボールの行き先に猛ダッシュ。
たとえ他の仲間の方が近かろうが関係ない、相手の攻撃は全部俺に任せろって感じ。
どうやっても間に合わない、落下地点を通り過ぎたり余裕で相手にパスが通ろうが関係ない。自分のエリアなんてない。
そしてコーチが叫ぶ「自分でOKって言ったんだから奪ってこい」と。
その言葉に拍車がかかり次も行く行く。
私がコーチだったら「間に合うわけないだろ!考えろ!」とか「仲間の方が近いだろ!」とか言うと思う。
でもそのコーチはそうは言わない。
その選手は相手やボールとの間合いを自分の身体で覚えて行くのだろう。
それはきっと彼のかけがえのない財産となるのだろう。
指導者も「待つ」時間を使う。
何気ない声の掛け方一つで子供は足を止める。
何気ない声の掛け方一つで子供は自分で前に進み始める。
私は数年前自分の子供にどんな声をかけてたんだろう。





2014年3月28日金曜日

「別・旅立」

今年もジュニアユースの「3年生送る会」に呼んで頂き参加してきました。
今年卒業の3年生はウチの次男が3年生の時の1年生、絡んだ最後の年代です。
そういう思い入れもありましたし3人のガールズがいたこともあり思い入れの深い年代でした。
特に今年は下級生の「送る芸」が素晴らしく楽しく過ごさせて頂きました。
昨年はパンタナル、一昨年はアスレタのプレゼントを3年生から頂き今年も頂きました。
チョ〜
派手なパンツ!
審判服の下に履けって?派手過ぎじゃないっすか?って位の物でした。ありがとうございます!
もう一つ今年はお別れがありました。
7年間アラグランデのスタッフとしてやってきた由井コーチが
白馬を去ることになりました。
先日シニア・トップ合同で送別会をしてきました。
彼とはジュニアの遠征帯同で諏訪や菅平など色んなところに一緒に行かせて頂きました。
彼もまたサッカーバカです。
自分に常に厳しくいるために、常に上を向くために今回の決断をしたのだと思います。
会の終わりに代表から語られた言葉に思わず目がうるんでしまいました。
20年以上前からの師弟関係から同じチームの指導者となり、チームメイトになり、そしてサッカー人としてこの2人は一生付き合っていくのでしょう。
羨ましいほどの信頼関係です。
会の途中では次男の今・これからの事を話してもくれました。
素晴らしい指導者でした。
素晴らしいプレイヤーでした。
素晴らしいサッカーバカでした。
父兄を代表して御礼申し上げます。
7年間ありがとうございました。
今後のご活躍を期待しています。
元気でね〜!

2014年1月23日木曜日

「祝」

2014の初投稿です。
先日ジュニアユースU-13がフットサルで県大会優勝を果たしました。
ジュニアユースはもちろんジュニアを含めて初めての県タイトルとなります。
これは私感ですがもっと早い時期にタイトルを獲る事も出来たと思います。
ただそれには「勝つ為の何か」を教える必要があったと思うんです。
その「勝つ為の何か」を教えてしまうのではなく、気付かせる・考えさす事をスタッフはしてきたのだと思います。
偉そうな事は言えませんが私が観てきた9年間コーチ達は常にそういう方向性で言葉をかけてきていました。
たとえ2桁失点をしようと無得点で敗れようと自分達が信じた指導方針を決して変えることはありませんでした。
週に何度もミーティングを重ね、常にスタッフ間の意思を統一し、改める所は改め、新しいトレーニング方法やサッカーの知識を取り込む努力をしてきていました。いえ今もしています。
彼らの頭の中は24時間サッカーだと思います。
好きじゃなきゃ出来ません。
バカじゃなきゃ出来ません。
今回の優勝やチラベルトの3位も選手本人よりも喜んでいると思います。
私はそこまでバカにはなれませんけどそんなサッカーバカ達と付き合えてきた事を誇らしく思います。
改めておめでとうございます!
次は全国に連れて行って下さい!