2015年6月8日月曜日

「戦」

2015年長野県クラブユース選手権U-15の帯同審判として4日間菅平へ行ってきました。
中学生にとって1年間で1番大きな大会。
3年生にとっては節目となる大会です。
最初の2日間がグループリーグ4試合、ここでの1敗がひびき次週からの決勝リーグに進む事が出来ませんでした。
述べ4日間で7勝1敗、勝率的には素晴らしいですが県内の強豪と戦うチャンス、全国への扉は開きませんでした。
個人的にはとても楽しく過ごせた4日間でした。
父兄の方々もとても素晴らしい応援をしていました。
選手達だけではなく、親も土手の上で戦ってるんですよ。
Aチームの保護者は空き時間にBチームの会場へと移動し応援、Bチームの保護者も空き時間にAチームの会場へ移動し応援。
私ごときに「お疲れ様です」「ご苦労様です」「ありがとうございます」なんて。いえいえ好きで来てますから!
ウチの子供が卒業して4年、一緒にやってた子なんかいません。誰だあれ?みたいな子もいますが、呼んでもらって幸せです。
1・2年生は先輩達と共に戦い、残した成績を来年越えてくれる事を期待します。
3年生達は何処に行っても「通用する個」になって貰いたいとと思います。
アラグランデの最終学年には引退という言葉はありません。
まだまだ中学生活もサッカーも続きます。大変な時期ですが頑張っていって下さい。
素晴らしいサッカーを観せて頂きました、ありがとう!

2015年5月28日木曜日

「You're on your own」

試合を観に行くと父兄がテントの設営をして、テーブルを設置してお茶やスポーツドリンクを用意してなんて姿よく見かけます。中には豚汁作ってるのなんかも見た事あります。
チームによってやり方はそれぞれでしょう。親が手伝う事によって感謝の気持ちを持たせるという考えなのかもしれません。
それについて私は特に完全否定はしません。
そうする事によって子供も指導者もサッカーに集中できるという事もあるかもしれないし。
中学校のサッカー部でもよくある事です。
指導者の数が少ないチームは子供の引率まで手が回らないから送り迎えに親の協力無くして試合が出来ないというのもあります。
親の方も何か関わりたいという方もいらっしゃるでしょう。
アラでは親が現場介入する事はまずありません。
これは「サッカーを通じて自分で判断し、自ら行動できる(プレー)出来る、どこの世界でも通用する個を育てる」というチームの基本方針に則っているためです。
サッカーをやりたいのは子供達本人です。
「明日試合だから準備しなきゃ」と「相手にボール取られたから奪い返さなきゃ」は同じ本人の思い、だからできる事は全て自分でやろう。という考えです。
中には自分で洗濯し干してた子もいました。
ウチの子が小学生の頃はまだスタッフの数も少なく主催大会であるアラフェスタ等では、父親たちがトラックでゴールを森上や切久保からスノーハープに運んで設置し、本部で集計、お母さん達は他チームの指導者レフリーに冷たい飲み物を出してなんてことしてました。
まあその頃から子供に直接関わる事は遠慮して下さいと言われてました。
指導者の数が「少し」だけ増えてからは父兄が手伝う事は無くなりました。
幸か不幸か私だけは大会の手伝いと審判として残っていますが(過去の遺物)。
親としては関わりたい気持ちもわかりますし試合の合間なら声かけても良いでしょ?て気持ちもわかります。
でもこれって後々ちゃんと形になって出てきます。プレーでも普段の生活にも。
私はこの行動理念には100%賛成ですし全面支持です。
コーチ達もバカじゃないですからそれぞれの子供達の年齢や性格を考えて声をかけ指導してくれてますから。(バカじゃないけどサッカーバカです)
少しでも賛成してくれたら今日からちょっとだけ突き放してみて下さい。



2015年5月26日火曜日

「繋」

とある高校サッカー部の話。
その高校は学校と寮が離れていて自転車通学で20分くらいかかります。
3年前の春先、学校から帰る途中で部員が道で会ったお婆ちゃんに「こんにちは」と挨拶しました。
次に来た部員もまた「こんにちは」と挨拶、また次に来た部員も同じく。
次の日からお婆ちゃんは同じ場所同じ時間にそこで彼らと挨拶するのが日課となりました。
雨の日も雪の日もお婆ちゃんはいつもの場所で彼らを待っていてくれました。
そして「こんにちは」が、「ただいま!」になりました。
そして「おはよう」も始まりました。
ある日の事お婆ちゃんは部員の一人を呼び止めて手紙を渡します。そして「あんた達はどこの学校の生徒さんだい?」と聞き、初めて◯◯高校の生徒だと知ります。
その手紙にはこのように書かれていました。

「高校生の僕達のただいまの言葉にお婆ちゃんはいっぱいのパワーを頂いています。一人一人が優しい気持ちがなければ言葉かけてくれないよね。ありがとう、ありがとう。全員にお礼を言います。又お婆ちゃん見つけたらただいまと声かけてね。家に帰ると涙出るよ。一人で暮らしていると淋しくて、お婆ちゃんも元気におかえりと言うからね、みんなに会えるのが楽しみです。」

毎年2月に3年生の送別会がグランドで行われます。
お婆ちゃんはその席に招待されました。
なんとお婆ちゃんはその時の1年生から3年生までの名前を全員覚えてきてくれました。
そして出会いから1年が経った年、サッカー部は全国大会に出場を決めました。
その全国大会1回戦にお婆ちゃんは応援に来てくれました。
それだけではなく県内の大会の時にもお婆ちゃんはいつも応援に来てくれました。
そしてその年の送別会にも招待、お婆ちゃんは寒い中ニコニコと孫を見守るような顔でグランドで見送ってくれました。
新年度が始まりました。この代がお婆ちゃんと出逢った経緯を知る最後の年代です。
残念ながらお婆ちゃんを全国大会に連れて行く事は出来ませんでした。
そして送別会の時期、お婆ちゃんには招待の連絡が来ません。
送別会は2年生の父兄が企画立案します。
2年生の父兄はお婆ちゃんの事も連絡先も知りません。
3年間付き合ってきてお婆ちゃんは部員の名前まで覚えています。
お婆ちゃんは行動に出ました。
ちょっと珍しい苗字の部員を電話帳で調べました。すると3件ヒット。
最初の1件目が、部員のお父さんの実家でした。
実家から連絡を受けた部員の家は直ぐにお婆ちゃんと2年生の役員に連絡、なんとか送別会に参加して頂きました。
お婆ちゃんに寄書きとプレゼントを渡し、お婆ちゃんからお手紙を頂きました。
サッカーだけじゃない、勉強だけじゃない、普通なら出逢えないような人と出逢えた事。お婆ちゃんの言葉を忘れずにこれからの出逢いを大切にして欲しいと思います。

最後の手紙、個人名が出てる部分もあるので転載はご遠慮ください。

お婆ちゃん子供達がお世話になりました。いつまでもお元気で。





2015年5月11日月曜日

「再開」


今年もシーズンが始まりました。
スタッフや選手達からすれば1年中シーズンなのかもしれませんが、私としてはやはりグランドでボールが蹴れる4〜11月がシーズンて気がしてます。
先日TOPチームのリーグ戦が開幕しました。
昨年苦しい戦いの中でなんとか残留した県リーグ、メンバーの半数が東京から試合のたびに長野へとやって来ます。
東京組は学生も居れば社会人も居ます。アマチュアですから本業は別にあります。
昨年は1度も揃っての練習が出来てません。
そんな簡単に勝てるレベルではありません。
1戦1戦試合をしながら修正しスキルを上げていくしかありません。
今回の初戦先発メンバーの内7人がアラグランデJYの出身選手です。
そんな中に7年振りにアラグランデのユニフォームを着ることになった選手が居ました。
高校・大学としっかりサッカーを続けてきて今年社会人となった彼はアラグランデに戻って来てくれました。
アラグランデ出身じゃなきゃダメな訳ではないんですが。
ウチの長男が小学生の時、長男や我が家にとって憧れの先輩が居ました。3つ上の先輩と2つ上の先輩と1つ上の先輩。
3つ上の先輩は4年前からTOPで活躍中。
1つ上の先輩は大阪の大学でフットサル選手として活躍中。
そして2つ上の先輩が今年TOPチームの選手として加入してくれました。
選手としても人間的にも大きく成長した姿を見ることが出来ました。
残念ながら開幕戦ではいい結果を残すことができませんでしたが感慨深いものがありました。
もう一つ今回の開幕戦でゴールマウスを守ってくれた選手ですが、今回のゲームをもちまして退団となります。
彼は現在高校生でして、通っている高校のサッカー部が人数不足で試合に出場出来ない事もありTOPチームで活動しておりました。
今年新入部員が入部した事もあり高校のサッカー部員としてやっていく事になりました。
1年間控えゴールキーパーでしたが腐ることもなくひたすら練習した結果か今回のゲームで神セーブ連発しておりました。それがなければ大量失点してたでしょう。
彼の今後の活躍を期待したいと思います。
さあ残り8試合昇格・残留をかけ負けられない戦いは続きます。

2014年11月7日金曜日

「通過点」

今日は高校サッカーについて話します。
先日次男が高校サッカー部を引退しました。
引退という言葉だけ聞くと大袈裟に感じるかもしれませんが、あくまでサッカー部を引退ということなんです。
どこの高校サッカー部でも似たようなものですが、高校サッカーでは年間を通してのリーグ戦・夏のインターハイ・冬の高校サッカー選手権と3つの公式ゲームがあります。
リーグ戦は地区・県・プリンス(関東や北信越等)・プレミア(日本を東と西に分けて)とピラミッド型になって4月から12月くらいまで行われます。
リーグ戦はまだ残ってはいるんですが冬の選手権が3年生にとって最後の大会になります。
選手権の県予選トーナメントに勝って全国大会への切符を勝ち取れば引退は年明けの本大会まで伸びるわけです。
学校によってはインターハイが終わって3年生を引退させるところもあるし、選手自ら受験の為に引退時期を決める事もあります。
次男の通う高校は夏のインターハイで県ベスト4だったので、選手権予選にシードされ3回戦からの出場でした。
3回戦を突破して行われた準々決勝は県リーグ首位の相手、結果は1-5と惨敗でした。
昨年インターハイ・選手権と全国大会に出場したディフェンディングチャンピオンチームでしたが今年は無冠のまま終わってしまいました。
次男の話しを少し、茨城へ進学してすぐに彼には理解出来たようです。
自分のレベルの低い事に。
「チームで一番ヘタクソ」って言ってました。
部員は1年生の時80人、2年生の時90人、3年生の時には120人になってました。
部内にチームは3つ、Aチーム・Bチーム・Cチームです。
1年生の時にはCチーム、2年生の時にはBチーム、3年生もBチームでした。
リーグ戦も進みインターハイも終わり後は選手権という時期になりました。
選手権の登録は25人、試合毎のベンチ入りは20人です。
選手権の1ヶ月ほど前に県協会に登録メンバーを提出します。
その中に次男の名前はありませんでした。
大会が始まる直前に最終登録というのがあります。
滑り込みました。
公式戦としてのAチーム初登録でした。
初戦となったトーナメント3回戦・準々決勝とベンチ入りした姿を観ることが出来ました。
試合には出ることができませんでしたが、Aチームのユニを着た姿をみせてくれました。
正直な話しここまで来れるとは思っていませんでした。
負けた後泣き崩れる選手、呆然とする選手がいる中彼は笑みさえ浮かべ清々しい顔をしていました。
その瞬間「あーここに行かせて良かった」と思いました。
素晴らしい仲間に恵まれ、リスペクト出来る指導者に出会え、辛かったことも含めての笑顔だったのだと思います。
大学でも本気でサッカーを続ける決意をしたようです。
高校サッカーで燃え尽きてしまう選手も多くいる中でまたまだサッカーを続けていくという気持ちを持ってくれているのは嬉しい事ですし、そんなプレイヤーに育ててくれたアラのスタッフに感謝してます。
県外に行ったから凄いとか、強い高校だから凄いとかそんな事はありません。
そのステージでその瞬間瞬間にどれだけやれるか、やるのかが大事だと思います。
応援してくれていた方々とアラグランデに関わる全ての方にお礼を申し上げます。

2014年8月25日月曜日

「再開・再会」

7月の終わりから毎週のようにアラグランデ主催大会が行われています。
本部役員という事でお手伝いをさせて頂いています。
そこで「辛いこと」
特にありません。

「嬉しいこと」
数年に渡るこうしたお手伝いや審判としてアラグランデに関わってきて知り合った、長野県はもちろん他県のチームのコーチ達と再開して気軽に話しかけて頂いたり出来るようになった事。

「嬉しいけど考えさせられること」
昨日の事ですが4年生のあるお母さんから名前で声をかけられました。
「ブログの更新まだですか?」と。
こんなつまらない独り言を気にかけて頂いてること、それなのに更新が滞ってること。
昨年の夏からジュニアやジュニアユースと帯同することがなくなってきた為、アラグランデをネタに書いてきた私にはネタ不足という現実があるわけでして・・・。
ウチの子は大学2年と高校3年生、4年生の選手とは絡んだことが無いのですが、こういう形で違う世代の選手やご父兄とつながりが出来ることは嬉しいことです。

今日は本部にはスタッフ以外で私ともう1人OBが手伝いに来てくれていました。
長男と同級生の大学2年生。
大阪から帰省中に毎週末はずっとアラのお手伝いをしてくれました。
自分達が小さい頃そうやっていろんな人に助けられサッカーをしてた事、今はわかるから当たり前みたいな感じでやってくれてます。
そしてもう1人OBがスノーハープに突然現れました。
一昨年ジュニアユースを卒業した選手です。
身長かグッと伸びて筋肉も付いて逞しくなった姿。
ゲームの間に4年生とボールを蹴る。
きっと誰だかよくわかってないと思う。
コーチに言われてからじゃなく今度会ったら自分達から「ボール一緒に蹴ろう」って言葉が出るようになればね。
この2日間コーチにいっぱい怒られてたね。
ゲームの事で怒られてはいなかったはず。
怒られてたのは全部オフザピッチでの事。
少しづつ覚えていきましょう。
もうひとつ面白かった事。
あるチームの一人のディフェンダー、相手のロングボールに全部「OK!」と叫ぶ、そしてボールの行き先に猛ダッシュ。
たとえ他の仲間の方が近かろうが関係ない、相手の攻撃は全部俺に任せろって感じ。
どうやっても間に合わない、落下地点を通り過ぎたり余裕で相手にパスが通ろうが関係ない。自分のエリアなんてない。
そしてコーチが叫ぶ「自分でOKって言ったんだから奪ってこい」と。
その言葉に拍車がかかり次も行く行く。
私がコーチだったら「間に合うわけないだろ!考えろ!」とか「仲間の方が近いだろ!」とか言うと思う。
でもそのコーチはそうは言わない。
その選手は相手やボールとの間合いを自分の身体で覚えて行くのだろう。
それはきっと彼のかけがえのない財産となるのだろう。
指導者も「待つ」時間を使う。
何気ない声の掛け方一つで子供は足を止める。
何気ない声の掛け方一つで子供は自分で前に進み始める。
私は数年前自分の子供にどんな声をかけてたんだろう。





2014年3月28日金曜日

「別・旅立」

今年もジュニアユースの「3年生送る会」に呼んで頂き参加してきました。
今年卒業の3年生はウチの次男が3年生の時の1年生、絡んだ最後の年代です。
そういう思い入れもありましたし3人のガールズがいたこともあり思い入れの深い年代でした。
特に今年は下級生の「送る芸」が素晴らしく楽しく過ごさせて頂きました。
昨年はパンタナル、一昨年はアスレタのプレゼントを3年生から頂き今年も頂きました。
チョ〜
派手なパンツ!
審判服の下に履けって?派手過ぎじゃないっすか?って位の物でした。ありがとうございます!
もう一つ今年はお別れがありました。
7年間アラグランデのスタッフとしてやってきた由井コーチが
白馬を去ることになりました。
先日シニア・トップ合同で送別会をしてきました。
彼とはジュニアの遠征帯同で諏訪や菅平など色んなところに一緒に行かせて頂きました。
彼もまたサッカーバカです。
自分に常に厳しくいるために、常に上を向くために今回の決断をしたのだと思います。
会の終わりに代表から語られた言葉に思わず目がうるんでしまいました。
20年以上前からの師弟関係から同じチームの指導者となり、チームメイトになり、そしてサッカー人としてこの2人は一生付き合っていくのでしょう。
羨ましいほどの信頼関係です。
会の途中では次男の今・これからの事を話してもくれました。
素晴らしい指導者でした。
素晴らしいプレイヤーでした。
素晴らしいサッカーバカでした。
父兄を代表して御礼申し上げます。
7年間ありがとうございました。
今後のご活躍を期待しています。
元気でね〜!