2018年7月15日日曜日

「相棒」 スマートウォッチで審判

今回はアラサポーターにではなくて、審判されている方々向けかなと。
2018年、全国38959人(3級以上)の審判員にとって重大な問題が発生しました。
CASIO製のレフェリーウォッチが生産中止となったのです。
審判員用の時計はまず、時間が設定できる。
小学生から大人まで細かく時間設定が出来る事、それとアディショナルタイム(AT)計測のために時計を一時止めても、ランニングタイムは動いている事。
これが普通の時計のタイマーにはない部分です。
主審をする時は左右の腕に時計を着けています。
ATを計るだけなら両方同じく動かして、どちらか止めた方と最後に差を計算すれば良いのですが、レフェリング中にそんなに時計とにらめっこは出来ません。
カシオ製以外にadidasからも2016年までレフェリーウォッチが出てました。
私は左にadidas、右にcasioしてましたがついにadidasがいかれました。
adidasは一目でATがわかるとても良い時計だったのですが・・・。
次を考えないと。
ありました! スェーデン製。


かっちょ悪〜。

いや! ありました! 現在行われているロシアワールドカップでの公式レフェリーウォッチ!

スイスの高級ブランドHUBLOT、60万円・・・。

いやいや! ありました! 

あのTAG HEUER製! 16万円! ・・・。
稲○さん必要なので経費で・・・。
‼︎ここである事に気付く。
後に紹介した2つには共通点が!
スマートウォッチです。
androidのスマートウォッチです。
じゃあAppleWatchにもレフェリー用のアプリがあるのかな?
ありました!
がっ!しかし!AppleWatchには問題が。
それは普段は画面が真っ黒、腕を顔に向けると点灯するんですが微妙な間が。
この間が時計をパっと見たい時に使いづらいとネットに情報が。
そんな事を悩みながら早3カ月。
解決しました。
時計は縁あって手に入れたCASIOのプロトレックスマート。

これにレフェリー用の無料アプリ入れて、
スマホがiphone ですが、問題なくいけそうです。
全国の審判の皆様、iphone 使っててもandroidスマートウォッチ使って問題なく使えそうです。


2017年5月28日日曜日

「新色」


今年もクラブユース選手権が始まりました。
土日の2日間でゲーム観戦4つ、審判4つ。
リーグ戦はまだまだありますが、年間で一番大きな最初で最後の大会。
卒業して行く選手がいますから毎年おニューなチームという感じ。
残念ながら決勝リーグには進めませんでした。
たくさんの父兄の応援を受けて戦った選手、観戦していた父兄も悔しいでしょうけど一番悔しいのは選手達なんだろうと思います。
審判していてスタッフや選手、父兄からお礼を言われます。
こちらこそありがとうです。
K君ビックリマンチョコありがとう!
飴やおせんべい頂きましたお母さんありがとう!
熱いゲームを魅せてくれた選手達ありがとう!
個人的な今回の収穫は友人の息子さんのプレー、リーグ戦ではなんか淡々とプレーしてる印象がありましたが、メチャクチャがむしゃらに戦ってた。
決定機を何度か外してはいたけど、大事なのは「絶対に勝つ、絶対に決める」という気持ちで負けないことだと僕は思ってる。
もちろん他の選手達も必死に戦ってました。
悔しい思いをした気持ちを忘れないで練習を続ければきっと結果に現れる。
明日からの戦いまた楽しみになりました。


2016年11月10日木曜日

「一心」

ALAの話ではないんですが、今回は他チームの観戦話をしたいと思います。

そのチームは我が長野県の聖地アルウィンをホームとする「松本山雅」です。

いつも土日は審判であっちこっち行ってるのでなかなか観る機会がなかったのですが、審判依頼もひと段落ついて時間ができたタイミングとチケットを頂けたタイミングがあったもんで、かみさんとアルウィンへと行ってきました。

その前の週にもアルウィンに行ってきたのですが、それは中信カップ決勝戦で息子のゲームの応援に行ってました。

その時の観客は200人位?かな。車も隣に駐車出来ましたし。

山雅のホームゲームの時の混雑はある程度知っていたし、駐車場がどーなるのかわからなかったから早めに出発。

アルウィンの周辺道路は既に車が多い、看板に従って行くと陸上競技場のまだ南の大芝生駐車場へ。

そこからシャトルバスでアルウィンへと行きます。

着いたのはアルウィンから徒歩5分位のロータリー。既に人・人・人・・・。

スタジアムの周りは露店でお祭り状態!

気温は一桁風もビュービュー。

周りの8割はユニ着用、今日の相手はヴェルディなのでアスレタは未着用、僕はオレンジのダウン、かみさんはたまたま緑のダウン着てたから良いけどメッチャアウェー感で肩身がせまい・・・。

露店は長蛇の列、田舎モンなんで並ぶのに慣れてないからウロウロしてました。

ふと見ると露店の行列とは違うスーパー長蛇の列が、一般入場者の列。

僕のチケットは招待券、関係ないかなと思いましたが聞いたらやっぱり並べと。

ですよね・・・、することもないので諦めて並ぶ。10分もすると入場開始、すんなりと入れました。

ここまでで気がついたのですが年配者が多い。

キックオフ2時間前に着席。さすがに早く着すぎました。

でもゴール裏は緑一色。僕らの居るメインスタンドもほぼ緑、居づらい・・・。

暇なのでかみさん置いて1人でウロウロ、ちょうどヴェルディのバスが到着、続いて山雅のバスも到着。裏のコンコースは手を振る人で大盛り上がり。

寒風吹き乱れる中アップが始まりました。

ゴール裏ではチャントが始まり、嫌でも心拍数が上がります。(嫌じゃないですけど)

ゲームの内容は省きますけど2-0で勝利、コンサドーレが負けたので首位と勝点で並び残り2ゲーム。

僕のJ観戦は今までカシマスタジアムでアントラーズVSセレッソと三ツ沢でかな?マリノスVSグランパス。アントラーズとマリノスの応援はもちろん凄かったけど山雅はなんか暖かい気がしました。

なんというか他のチームは選手やチーム、勝敗をかけて応援しているように感じるのですが、山雅はそれに加え町やそれに関わる人々を全てひっくるめて応援しているような雰囲気。

僕の目の前が車椅子の席だったのですが、そこにはどーみても80歳は超えてるおばあちゃんが観戦してたのですけど、チャントに合わせて手を叩いててそれが適当じゃなくて何度も来てるでしょっていう感じ。

ALAのサポーターの中にもアルウィンでいつも飛び跳ねてる人が居るようですが気持ちがわかりました。

まだ観戦したことがないという人は是非アルウィンに足を運んでみてください。

寒かったけど熱い熱い山雅サポーターでした。



2016年6月12日日曜日

「再」

今日(6/12)大町サッカー場行った方?
いい瞬間に立ち会えましたよね。
今シーズン初勝利という事はもちろんですが選手・サポーターが一体になった素晴らしいゲームでしたよね。
個人的にはハットトリックを決めた選手。彼はウチの子供とほぼ同年代なので小さい頃から見ていました。
中学生の頃は身体が小さかったのに高校サッカーで身体も技術も成長して帰ってきた選手です。
ご覧になったように後半足が痙攣したりまだまだフィジカルが戻ってないかもしれないけど、彼の3ゴールに感動してしまいました。
おっと大事なMVP候補忘れてましたね。
メーメーコーチですよね。
若い選手達に混ざって正直キビシーと思ってましたが、1点目の超絶ドリブルでペナルティエリアへ侵入してのアシスト、守っても身体を張ってのスライディングからのクリア。
素晴らしいプレーでした。
最後は両足つって交代でしたがよく頑張ったという事で💮。
こういう瞬間に立ち会えるから審判も断れないんだよな〜。
あー楽しかった。
皆さんも是非ちょっと遠い所でのゲームの応援もお願いします。


2016年5月29日日曜日

「汗」

今日は5/29日(日)、昨日今日と長野県クラブユース選手権予選ラウンドの為菅平へ行ってましてつい先程帰ってきました。
予選ラウンドは決勝ラウンドからのシード10チームを除いた23チームを5グループに分けて各グループ1位のみが決勝ラウンドに進むという過酷な物です。
アラは5チームでの戦いですので4試合を2日間でこなします。
初日1勝1分け、2日目最初のゲームを勝利して最終試合、相手はここまで全勝のチームです。
勝てば1位通過、分・負なら決勝ラウンドには進めません。
相手チームの2日間の戦いを観てきた感想は攻撃のスタイルを確立した非常にパワフルでスピードのあるチームです。
その攻撃力は3試合で得点18、その攻撃力をうちが止めるのは簡単ではないだろうと。
正直難しいと感じていました。
さあキックオフです。
考察的な事はスタッフではない私がアレコレ言うのもなんですのでコーチの話を聞いて下さい。
感想的には「走る走る」「戦う戦う」
相手の攻撃パターンを完全に封じました。
しかしコーナーキックから失点、相手の攻撃をしのいだこぼれ球を決められて2失点、結局0-2でアラ初の決勝ラウンド進出はなりませんでした。
自分の子供が出ていないアラのゲームでこんなに胃が痛くなるようなゲームは初めてでした。
しかしその反面非常にスッキリとしたのも事実です。
確かに得点を取るというところはまだまだ向上させていかなければいけないでしょう。
失点を0に抑えていたとしても引き分けで勝ち上がれなかったのですから。
スッキリしたのは戦えるんだ、こういう強い相手にも戦えるんだという事を認識したから。
応援していた父兄達も悔しいけれど同じ気持ちではなかったでしょうか。
3年生にとっては最後の全国予選です。
一つの節目ではありますが、進むべき道に明るい未来が見えた戦い、一緒に戦った下級生達の希望を感じさせる戦い。
この2日間で一回りも二回りも大きく成長したと感じさせる大会でした。
おっと失礼、来週は順位決定ラウンドがありました。
まだまだ戦いは続きます。1週間しっかり準備してしっかり戦ってもらわないと。
来週もやっぱり菅平に行ってきます。
良い週末を過ごさせて貰ってありがとう選手諸君!
コーチにはお礼は言わない。

2016年5月24日火曜日

「標」

トップのリーグ戦も3節終了しました。
ここまで0勝1敗2分勝点2で未だ未勝利です。
登録メンバー23人、第3節では11人ギリでの戦いでした。
前半で3失点したところで所用でグランドを後にしたのですが、その後立て直して3得点、引き分けまで持ち込んだようです。
前半ピッチ内からは選手の謝まる声が。自分の意図したボールが蹴れない、思うプレーが出来ない、仲間に対して謝っているそんな声でした。
東京での生活、学生であったり社会人であったり、普段一緒に練習出来ない環境の中自分のコンディションを上げるのも簡単ではないでしょう。
試合ごとにチームとしての理解・連携を模索していかなければいけない中各々のスキルは自分にしか出来ない部分だと思います。
別に責めてるわけではありません。
シーズンが終わった時やりきったのかまだまだやれたと思うのか。
サポーターが観ていて楽しくても選手達が楽しくなければ意味がないし、逆もそうです。
今でも1サポーターとしては楽しいですけど。
何が楽しいのか?
いつもいる私、いつもいる大阪人のオッチャンとオバちゃん。
ピッチの中の選手達には聞こえないとこで色々ツッこんでます。
だって小学生の頃に砂遊びしておこられたり、あの頃から40cmも背が伸びた奴らがあの中にいるんですよ。
まだ、20代前半だったコーチが若い奴らに混ざって必死にプレーしてたり。
僕ら的には往年のオールスターゲーム観てるようなもんですから。
だからこそ本気のベストのゲームを期待してます。アカデミーと同じだけど同じじゃない大人のアラスタイル。
是非観てみて下さい。
6/12は大町でもありますから。
なかなか選手が揃わない中、コーチもスケジュールの合間をみて参戦、そこには目指すべき背中があるじゃないですか。
勝とうが負けようが熱いものがこみ上げてくる戦いがあのピッチにはあるんです。


2015年11月24日火曜日

「衰」

今シーズンも審判として数十試合こなしました。
帯同全盛期に比べれば半分以下の試合数でしたが。
実は昨年、スタッフに審判半引退宣言をしました。
トップチームが県リーグでの戦いとなった事で、自分の審判としてのスキルとフィジカルがついていけなくなってきた事が理由です。
しかし現状では県リーグと言えども帯同審判制となっているため、自分達のゲームの前か後に審判をしなくてはなりません。
コーチは「谷さん今年も審判よろしくお願いします」って、辞めるって言ったじゃない!
「谷さんがやってくれないと選手たちはゲームで全力出せません」って・・・。
「やっぱり谷さんじゃないと」って相変わらず乗せるの上手いね。
で結局やってる俺も俺だけど。
50になって90分間走って、自分の子供みたいな年の選手にゲーム中に嫌味言われて、う〜辛い。
帰って来てふくらはぎパンパンに腫れて歩けなくて仕事休んで・・・。

コーチも私の性格完璧に把握してて「やりたいくせに」ってバレてます。
ん〜審判やりたいわけじゃないんだよな〜。
楽しくもなんともないもの。
ただ関わりたいだけなんですよね。
自分がいないとこで面白い事起きてるのが耐えられないっていうか。
でも現実としてそろそろ限界。
この前コーチに「審判流して良い?」って聞いてみた。つまり審判資格消失して良い?
まあ中学生のゲームなら時間も短いし文句も言ってこないからやれるっちゃやれるんですけど。
「ダメですよ」だって。
「良いですよ」って言わないだろうと思って聞いてるのバレてます。
ただね確認したいんすよ。まだ少しは必要としてくれてるかなって。
いつかお疲れ様でした、もう良いですって言われたら多分泣く。
する事なくなって一気に老いていく。
何か次の手を考えないとな〜。

①太鼓買って応援の練習
②コーチより高い指導者資格とる
③バス買ってタダで送迎する
④チーム買収してオーナーになる

①は直ぐに中止命令出るからダメ
②は以前言ってみたらそれでもコーチにはしないと言われた
③はアリだけどそんなお金は無いし前に車買い換えたら「アレ?マイクロじゃないんですか?」とふざけた事言われた。
④金だけ出して黙ってろと言われるだろうしそんなお金無い
結局フィジカル上げて倒れるまで審判しかないって事か。
なんだかんだ言っても突然要請してきたり、美味しいとこで誘ってくれるあの人達が嫌いでお気に入りです。
アラグランデって楽しいチームだ!
そんな奴らに乗せられてる俺は単純だ!
さあ来週は諏訪で審判だ。


2015年11月16日月曜日

「頂」

先週の歓喜から1週間後の週末。
まず土曜日、東京まで行ってきました。
高校サッカー選手権東京都予選決勝。
帝京高校VS國學院久我山高校。

帝京高校3年生の河野翔太選手の応援。
2連覇中の國學院久我山に対して、6年ぶりの全国を目指す帝京高校。
0-0と前後半で決着が着かず延長戦へ、延長開始直後決定的なチャンスを得るも得点ならず。

結局PK戦へ、帝京の6人目の河野選手、ちょっと甘いコースでキーパーに弾かれるもゴールイン、おいおい頼むよ翔太。
7人目の帝京が外してジエンド。
残念ながらアラグランデOBの選手権出場は来年以降に持ち越し。
翔太は高校3年間ずっと怪我との戦いでした。
おそらく3年間のうち半分位しかやれてないのでは?
それでもレギュラーを掴み西が丘での決勝の舞台に立っている姿を観て白馬からの応援団も皆んな感激してました。
3年間お疲れ様でした。まだまだ大学でも頑張って下さい。

そしてあくる日。
来週はピザーラあるし、家の事やらなきゃいけないから家にいたんですけど、やってもーた・・・。
全日本ユース(U-15)フットサル選手権長野県大会。
アラグランデ優勝!
やってもーた!見逃してもーた!
夜3年生のおとーさんから電話来て「何してんの?」、く〜っ!
良いんですよ、長野県獲るのわかってたから北信越観に福井にいくつもりでしたから!

先週の昇格戦で3年生も一区切りかな?なんて思ってたけど、まだまだ続きます、勉強もしっかりやって下さいね!
いやいやシーズンも終盤に入って嬉しいニュースですね。

2015年11月7日土曜日

「棘」

現時刻11/7 21:20
今日一つの思いが成就された。
高円宮杯U-15サッカーリーグ・長野県中信1部への来季昇格が決まった。
通称ユースリーグに参戦初年度からアラグランデはずっと2部だった。
3部に落ちそうになった年もあった。
昇格の可能性のあった年もあった。
それは私にとっても忘れられない悔しさとなって今まで棘となって胸に刺さっていた。
それは4年前の2011年、次男が中学3年生の出来事。
ユースリーグの昇格・降格はその年によって違いがあります。
2011年は中信2部はA・B・Cと3グループ、1位のみ昇格、それ以外は全て昇格の可能性がありませんでした。
アラグランデは最終節を残してCグループ1位、最終節は2位のチームとの直接対決。
この最後のゲームに受験を控えていたこともあり3年生は2名。
結局このゲームを落とし2位に順位を落とし大手をかけていた昇格を逃してしまいました。
次男はどう思っていたかわかりませんが、私はこのシーズンの終わり方がいまだに尾を引いていました。
実は今日仕事が入っていました。
4日前、🌾コーチから「7日の入替戦、是非観に来てもらえませんか?」と。
行って良かった。
こんなに熱くなれたゲームは滅多に観れないだろう。
現役の選手の父兄だけじゃなく、OBもいた、OBの父兄もいた。
1試合目の残り1分の劇的な気持ちで奪ったゴール。
2試合目決定戦の0-1からのアラグランデのサッカーで奪った後半の3得点。
たかが地区リーグの2部から1部への昇格かもしれない。
まだまだ上がある。
でもそんな小さな事でもない。
そしてまたここから始まる。

家に帰ってホームページの更新作業をしていたら🌾コーチから電話がかかってきた。
少し声が震えているように感じた。
ほぼ毎年🌾コーチとユースリーグをバスで一緒に帯同してきた。
選手の前では喜びや悔しさを表に出すのを控えていたと思う。
電話ではそんな抑えていた思いを少し話してくれた。
長く行動を共にしてきたけど、何か共有出来た気がする。
4年間の私の引っ掛かりもとれた。
少なくとも私のアラグランデの歴史15年の中で1番の日でした。
今日の出来事が小さな事になるような未来がまた来る日を楽しみにしています。





2015年6月8日月曜日

「戦」

2015年長野県クラブユース選手権U-15の帯同審判として4日間菅平へ行ってきました。
中学生にとって1年間で1番大きな大会。
3年生にとっては節目となる大会です。
最初の2日間がグループリーグ4試合、ここでの1敗がひびき次週からの決勝リーグに進む事が出来ませんでした。
述べ4日間で7勝1敗、勝率的には素晴らしいですが県内の強豪と戦うチャンス、全国への扉は開きませんでした。
個人的にはとても楽しく過ごせた4日間でした。
父兄の方々もとても素晴らしい応援をしていました。
選手達だけではなく、親も土手の上で戦ってるんですよ。
Aチームの保護者は空き時間にBチームの会場へと移動し応援、Bチームの保護者も空き時間にAチームの会場へ移動し応援。
私ごときに「お疲れ様です」「ご苦労様です」「ありがとうございます」なんて。いえいえ好きで来てますから!
ウチの子供が卒業して4年、一緒にやってた子なんかいません。誰だあれ?みたいな子もいますが、呼んでもらって幸せです。
1・2年生は先輩達と共に戦い、残した成績を来年越えてくれる事を期待します。
3年生達は何処に行っても「通用する個」になって貰いたいとと思います。
アラグランデの最終学年には引退という言葉はありません。
まだまだ中学生活もサッカーも続きます。大変な時期ですが頑張っていって下さい。
素晴らしいサッカーを観せて頂きました、ありがとう!

2015年5月28日木曜日

「You're on your own」

試合を観に行くと父兄がテントの設営をして、テーブルを設置してお茶やスポーツドリンクを用意してなんて姿よく見かけます。中には豚汁作ってるのなんかも見た事あります。
チームによってやり方はそれぞれでしょう。親が手伝う事によって感謝の気持ちを持たせるという考えなのかもしれません。
それについて私は特に完全否定はしません。
そうする事によって子供も指導者もサッカーに集中できるという事もあるかもしれないし。
中学校のサッカー部でもよくある事です。
指導者の数が少ないチームは子供の引率まで手が回らないから送り迎えに親の協力無くして試合が出来ないというのもあります。
親の方も何か関わりたいという方もいらっしゃるでしょう。
アラでは親が現場介入する事はまずありません。
これは「サッカーを通じて自分で判断し、自ら行動できる(プレー)出来る、どこの世界でも通用する個を育てる」というチームの基本方針に則っているためです。
サッカーをやりたいのは子供達本人です。
「明日試合だから準備しなきゃ」と「相手にボール取られたから奪い返さなきゃ」は同じ本人の思い、だからできる事は全て自分でやろう。という考えです。
中には自分で洗濯し干してた子もいました。
ウチの子が小学生の頃はまだスタッフの数も少なく主催大会であるアラフェスタ等では、父親たちがトラックでゴールを森上や切久保からスノーハープに運んで設置し、本部で集計、お母さん達は他チームの指導者レフリーに冷たい飲み物を出してなんてことしてました。
まあその頃から子供に直接関わる事は遠慮して下さいと言われてました。
指導者の数が「少し」だけ増えてからは父兄が手伝う事は無くなりました。
幸か不幸か私だけは大会の手伝いと審判として残っていますが(過去の遺物)。
親としては関わりたい気持ちもわかりますし試合の合間なら声かけても良いでしょ?て気持ちもわかります。
でもこれって後々ちゃんと形になって出てきます。プレーでも普段の生活にも。
私はこの行動理念には100%賛成ですし全面支持です。
コーチ達もバカじゃないですからそれぞれの子供達の年齢や性格を考えて声をかけ指導してくれてますから。(バカじゃないけどサッカーバカです)
少しでも賛成してくれたら今日からちょっとだけ突き放してみて下さい。



2015年5月26日火曜日

「繋」

とある高校サッカー部の話。
その高校は学校と寮が離れていて自転車通学で20分くらいかかります。
3年前の春先、学校から帰る途中で部員が道で会ったお婆ちゃんに「こんにちは」と挨拶しました。
次に来た部員もまた「こんにちは」と挨拶、また次に来た部員も同じく。
次の日からお婆ちゃんは同じ場所同じ時間にそこで彼らと挨拶するのが日課となりました。
雨の日も雪の日もお婆ちゃんはいつもの場所で彼らを待っていてくれました。
そして「こんにちは」が、「ただいま!」になりました。
そして「おはよう」も始まりました。
ある日の事お婆ちゃんは部員の一人を呼び止めて手紙を渡します。そして「あんた達はどこの学校の生徒さんだい?」と聞き、初めて◯◯高校の生徒だと知ります。
その手紙にはこのように書かれていました。

「高校生の僕達のただいまの言葉にお婆ちゃんはいっぱいのパワーを頂いています。一人一人が優しい気持ちがなければ言葉かけてくれないよね。ありがとう、ありがとう。全員にお礼を言います。又お婆ちゃん見つけたらただいまと声かけてね。家に帰ると涙出るよ。一人で暮らしていると淋しくて、お婆ちゃんも元気におかえりと言うからね、みんなに会えるのが楽しみです。」

毎年2月に3年生の送別会がグランドで行われます。
お婆ちゃんはその席に招待されました。
なんとお婆ちゃんはその時の1年生から3年生までの名前を全員覚えてきてくれました。
そして出会いから1年が経った年、サッカー部は全国大会に出場を決めました。
その全国大会1回戦にお婆ちゃんは応援に来てくれました。
それだけではなく県内の大会の時にもお婆ちゃんはいつも応援に来てくれました。
そしてその年の送別会にも招待、お婆ちゃんは寒い中ニコニコと孫を見守るような顔でグランドで見送ってくれました。
新年度が始まりました。この代がお婆ちゃんと出逢った経緯を知る最後の年代です。
残念ながらお婆ちゃんを全国大会に連れて行く事は出来ませんでした。
そして送別会の時期、お婆ちゃんには招待の連絡が来ません。
送別会は2年生の父兄が企画立案します。
2年生の父兄はお婆ちゃんの事も連絡先も知りません。
3年間付き合ってきてお婆ちゃんは部員の名前まで覚えています。
お婆ちゃんは行動に出ました。
ちょっと珍しい苗字の部員を電話帳で調べました。すると3件ヒット。
最初の1件目が、部員のお父さんの実家でした。
実家から連絡を受けた部員の家は直ぐにお婆ちゃんと2年生の役員に連絡、なんとか送別会に参加して頂きました。
お婆ちゃんに寄書きとプレゼントを渡し、お婆ちゃんからお手紙を頂きました。
サッカーだけじゃない、勉強だけじゃない、普通なら出逢えないような人と出逢えた事。お婆ちゃんの言葉を忘れずにこれからの出逢いを大切にして欲しいと思います。

最後の手紙、個人名が出てる部分もあるので転載はご遠慮ください。

お婆ちゃん子供達がお世話になりました。いつまでもお元気で。





2015年5月11日月曜日

「再開」


今年もシーズンが始まりました。
スタッフや選手達からすれば1年中シーズンなのかもしれませんが、私としてはやはりグランドでボールが蹴れる4〜11月がシーズンて気がしてます。
先日TOPチームのリーグ戦が開幕しました。
昨年苦しい戦いの中でなんとか残留した県リーグ、メンバーの半数が東京から試合のたびに長野へとやって来ます。
東京組は学生も居れば社会人も居ます。アマチュアですから本業は別にあります。
昨年は1度も揃っての練習が出来てません。
そんな簡単に勝てるレベルではありません。
1戦1戦試合をしながら修正しスキルを上げていくしかありません。
今回の初戦先発メンバーの内7人がアラグランデJYの出身選手です。
そんな中に7年振りにアラグランデのユニフォームを着ることになった選手が居ました。
高校・大学としっかりサッカーを続けてきて今年社会人となった彼はアラグランデに戻って来てくれました。
アラグランデ出身じゃなきゃダメな訳ではないんですが。
ウチの長男が小学生の時、長男や我が家にとって憧れの先輩が居ました。3つ上の先輩と2つ上の先輩と1つ上の先輩。
3つ上の先輩は4年前からTOPで活躍中。
1つ上の先輩は大阪の大学でフットサル選手として活躍中。
そして2つ上の先輩が今年TOPチームの選手として加入してくれました。
選手としても人間的にも大きく成長した姿を見ることが出来ました。
残念ながら開幕戦ではいい結果を残すことができませんでしたが感慨深いものがありました。
もう一つ今回の開幕戦でゴールマウスを守ってくれた選手ですが、今回のゲームをもちまして退団となります。
彼は現在高校生でして、通っている高校のサッカー部が人数不足で試合に出場出来ない事もありTOPチームで活動しておりました。
今年新入部員が入部した事もあり高校のサッカー部員としてやっていく事になりました。
1年間控えゴールキーパーでしたが腐ることもなくひたすら練習した結果か今回のゲームで神セーブ連発しておりました。それがなければ大量失点してたでしょう。
彼の今後の活躍を期待したいと思います。
さあ残り8試合昇格・残留をかけ負けられない戦いは続きます。

2014年11月7日金曜日

「通過点」

今日は高校サッカーについて話します。
先日次男が高校サッカー部を引退しました。
引退という言葉だけ聞くと大袈裟に感じるかもしれませんが、あくまでサッカー部を引退ということなんです。
どこの高校サッカー部でも似たようなものですが、高校サッカーでは年間を通してのリーグ戦・夏のインターハイ・冬の高校サッカー選手権と3つの公式ゲームがあります。
リーグ戦は地区・県・プリンス(関東や北信越等)・プレミア(日本を東と西に分けて)とピラミッド型になって4月から12月くらいまで行われます。
リーグ戦はまだ残ってはいるんですが冬の選手権が3年生にとって最後の大会になります。
選手権の県予選トーナメントに勝って全国大会への切符を勝ち取れば引退は年明けの本大会まで伸びるわけです。
学校によってはインターハイが終わって3年生を引退させるところもあるし、選手自ら受験の為に引退時期を決める事もあります。
次男の通う高校は夏のインターハイで県ベスト4だったので、選手権予選にシードされ3回戦からの出場でした。
3回戦を突破して行われた準々決勝は県リーグ首位の相手、結果は1-5と惨敗でした。
昨年インターハイ・選手権と全国大会に出場したディフェンディングチャンピオンチームでしたが今年は無冠のまま終わってしまいました。
次男の話しを少し、茨城へ進学してすぐに彼には理解出来たようです。
自分のレベルの低い事に。
「チームで一番ヘタクソ」って言ってました。
部員は1年生の時80人、2年生の時90人、3年生の時には120人になってました。
部内にチームは3つ、Aチーム・Bチーム・Cチームです。
1年生の時にはCチーム、2年生の時にはBチーム、3年生もBチームでした。
リーグ戦も進みインターハイも終わり後は選手権という時期になりました。
選手権の登録は25人、試合毎のベンチ入りは20人です。
選手権の1ヶ月ほど前に県協会に登録メンバーを提出します。
その中に次男の名前はありませんでした。
大会が始まる直前に最終登録というのがあります。
滑り込みました。
公式戦としてのAチーム初登録でした。
初戦となったトーナメント3回戦・準々決勝とベンチ入りした姿を観ることが出来ました。
試合には出ることができませんでしたが、Aチームのユニを着た姿をみせてくれました。
正直な話しここまで来れるとは思っていませんでした。
負けた後泣き崩れる選手、呆然とする選手がいる中彼は笑みさえ浮かべ清々しい顔をしていました。
その瞬間「あーここに行かせて良かった」と思いました。
素晴らしい仲間に恵まれ、リスペクト出来る指導者に出会え、辛かったことも含めての笑顔だったのだと思います。
大学でも本気でサッカーを続ける決意をしたようです。
高校サッカーで燃え尽きてしまう選手も多くいる中でまたまだサッカーを続けていくという気持ちを持ってくれているのは嬉しい事ですし、そんなプレイヤーに育ててくれたアラのスタッフに感謝してます。
県外に行ったから凄いとか、強い高校だから凄いとかそんな事はありません。
そのステージでその瞬間瞬間にどれだけやれるか、やるのかが大事だと思います。
応援してくれていた方々とアラグランデに関わる全ての方にお礼を申し上げます。

2014年8月25日月曜日

「再開・再会」

7月の終わりから毎週のようにアラグランデ主催大会が行われています。
本部役員という事でお手伝いをさせて頂いています。
そこで「辛いこと」
特にありません。

「嬉しいこと」
数年に渡るこうしたお手伝いや審判としてアラグランデに関わってきて知り合った、長野県はもちろん他県のチームのコーチ達と再開して気軽に話しかけて頂いたり出来るようになった事。

「嬉しいけど考えさせられること」
昨日の事ですが4年生のあるお母さんから名前で声をかけられました。
「ブログの更新まだですか?」と。
こんなつまらない独り言を気にかけて頂いてること、それなのに更新が滞ってること。
昨年の夏からジュニアやジュニアユースと帯同することがなくなってきた為、アラグランデをネタに書いてきた私にはネタ不足という現実があるわけでして・・・。
ウチの子は大学2年と高校3年生、4年生の選手とは絡んだことが無いのですが、こういう形で違う世代の選手やご父兄とつながりが出来ることは嬉しいことです。

今日は本部にはスタッフ以外で私ともう1人OBが手伝いに来てくれていました。
長男と同級生の大学2年生。
大阪から帰省中に毎週末はずっとアラのお手伝いをしてくれました。
自分達が小さい頃そうやっていろんな人に助けられサッカーをしてた事、今はわかるから当たり前みたいな感じでやってくれてます。
そしてもう1人OBがスノーハープに突然現れました。
一昨年ジュニアユースを卒業した選手です。
身長かグッと伸びて筋肉も付いて逞しくなった姿。
ゲームの間に4年生とボールを蹴る。
きっと誰だかよくわかってないと思う。
コーチに言われてからじゃなく今度会ったら自分達から「ボール一緒に蹴ろう」って言葉が出るようになればね。
この2日間コーチにいっぱい怒られてたね。
ゲームの事で怒られてはいなかったはず。
怒られてたのは全部オフザピッチでの事。
少しづつ覚えていきましょう。
もうひとつ面白かった事。
あるチームの一人のディフェンダー、相手のロングボールに全部「OK!」と叫ぶ、そしてボールの行き先に猛ダッシュ。
たとえ他の仲間の方が近かろうが関係ない、相手の攻撃は全部俺に任せろって感じ。
どうやっても間に合わない、落下地点を通り過ぎたり余裕で相手にパスが通ろうが関係ない。自分のエリアなんてない。
そしてコーチが叫ぶ「自分でOKって言ったんだから奪ってこい」と。
その言葉に拍車がかかり次も行く行く。
私がコーチだったら「間に合うわけないだろ!考えろ!」とか「仲間の方が近いだろ!」とか言うと思う。
でもそのコーチはそうは言わない。
その選手は相手やボールとの間合いを自分の身体で覚えて行くのだろう。
それはきっと彼のかけがえのない財産となるのだろう。
指導者も「待つ」時間を使う。
何気ない声の掛け方一つで子供は足を止める。
何気ない声の掛け方一つで子供は自分で前に進み始める。
私は数年前自分の子供にどんな声をかけてたんだろう。





2014年3月28日金曜日

「別・旅立」

今年もジュニアユースの「3年生送る会」に呼んで頂き参加してきました。
今年卒業の3年生はウチの次男が3年生の時の1年生、絡んだ最後の年代です。
そういう思い入れもありましたし3人のガールズがいたこともあり思い入れの深い年代でした。
特に今年は下級生の「送る芸」が素晴らしく楽しく過ごさせて頂きました。
昨年はパンタナル、一昨年はアスレタのプレゼントを3年生から頂き今年も頂きました。
チョ〜
派手なパンツ!
審判服の下に履けって?派手過ぎじゃないっすか?って位の物でした。ありがとうございます!
もう一つ今年はお別れがありました。
7年間アラグランデのスタッフとしてやってきた由井コーチが
白馬を去ることになりました。
先日シニア・トップ合同で送別会をしてきました。
彼とはジュニアの遠征帯同で諏訪や菅平など色んなところに一緒に行かせて頂きました。
彼もまたサッカーバカです。
自分に常に厳しくいるために、常に上を向くために今回の決断をしたのだと思います。
会の終わりに代表から語られた言葉に思わず目がうるんでしまいました。
20年以上前からの師弟関係から同じチームの指導者となり、チームメイトになり、そしてサッカー人としてこの2人は一生付き合っていくのでしょう。
羨ましいほどの信頼関係です。
会の途中では次男の今・これからの事を話してもくれました。
素晴らしい指導者でした。
素晴らしいプレイヤーでした。
素晴らしいサッカーバカでした。
父兄を代表して御礼申し上げます。
7年間ありがとうございました。
今後のご活躍を期待しています。
元気でね〜!

2014年1月23日木曜日

「祝」

2014の初投稿です。
先日ジュニアユースU-13がフットサルで県大会優勝を果たしました。
ジュニアユースはもちろんジュニアを含めて初めての県タイトルとなります。
これは私感ですがもっと早い時期にタイトルを獲る事も出来たと思います。
ただそれには「勝つ為の何か」を教える必要があったと思うんです。
その「勝つ為の何か」を教えてしまうのではなく、気付かせる・考えさす事をスタッフはしてきたのだと思います。
偉そうな事は言えませんが私が観てきた9年間コーチ達は常にそういう方向性で言葉をかけてきていました。
たとえ2桁失点をしようと無得点で敗れようと自分達が信じた指導方針を決して変えることはありませんでした。
週に何度もミーティングを重ね、常にスタッフ間の意思を統一し、改める所は改め、新しいトレーニング方法やサッカーの知識を取り込む努力をしてきていました。いえ今もしています。
彼らの頭の中は24時間サッカーだと思います。
好きじゃなきゃ出来ません。
バカじゃなきゃ出来ません。
今回の優勝やチラベルトの3位も選手本人よりも喜んでいると思います。
私はそこまでバカにはなれませんけどそんなサッカーバカ達と付き合えてきた事を誇らしく思います。
改めておめでとうございます!
次は全国に連れて行って下さい!

2013年11月6日水曜日

「肩の荷」

次男の通う高校が高校サッカー選手権県予選に突入しました。
次男は現在2年生、まだAチームには入れてません。
幸いにして全国が狙える高校に入ることができてアラではなかった決勝とかいう言葉が近い存在になりました。(悪気はないです、スイマセン)
夏のインターハイで全国に行くことが出来たので、冬の選手権も期待したいところです。
インターハイの県決勝は所用で行くことが出来なかったので、今回は準決勝と決勝を観にアントラーズの本拠地まで行く予定です。(勝ち進めば)
昨年度JY3年生の送る会に私も呼んで頂きました。
昨年度卒業した4人全員が県外の高校に進学しました。
その時ご父兄の方々から一言と言われて少し言わせて頂きました。
「県外の高校に行くということはお金もかかります。親には相当な負担がかかります。是非皆さんはそういう事を全部背負って頑張ってやって下さい。後輩達もあなた達の今後を見ています。そういう思いも全部背負って行って下さい」と。
普通ならそういうことは気にせずに頑張ってくださいというべきなのでしょうけど。
金銭面ではもちろんの事、それ意外にも親は大変です。
ウチの子も県外へ出て頑張ってた先輩を観て自分もと思ったところが大きいと思います。
プロになれる可能性なんてものすごく少ないでしょう。
それでも負担と期待があるのは事実ですからそんな周りの思いを知らんぷりしてのほほんとやられては困ります。
もちろんこちらもそれなりに楽しんでる部分はあるし、新しい出会いもあります。
でもやりたいと言ったのはそっちなんだから結果と過程をちゃんとしてもらわないと。
結果とは3年間しっかりやり切れたかということだけで良いんです。
過程はその日その日を精一杯やれたかだけで良いんです。
偉そうに言ってますが自分の時はどうだったかと言われれば・・・ですけど。
この歳になってあの時もっと頑張ってればなとか、もっと感謝しておけば良かったなんて凄く思う訳です。
だから旅立つ彼らにはあえて言わせてもらいました。
その後ある人から「キツイですね」と言われてしまいましたが。
そんなプレッシャーに負けてるようではPK戦になったら絶対外すぞ!と。

2013年10月31日木曜日

「ポゼッション」

仕事で訪れた家の子供がアラのJrプレイヤーでした。
お母さんもアラフロプレイヤーでした。
お母さんから最近ブログ更新してないですねと言われてしまいました。
毎日ホームページチェックしてますなんて事も。
ありがたいのが9割、反省1割。
コーチ達もしっかりブログアップお願いします。
では反省して早速。

最近よく聞く言葉にポゼッションサッカーという言葉がありますね。
ポゼッション=保有
つまりボール保有率(保持率)を上げて試合の主導権をにぎる。
マイボールの時間を長くして攻撃の時間を長くしようという事。
バルセロナが暗黒の時代から脱してスペイン代表と共に世界のサッカーシーンを席巻すると一気にこの言葉が広がりました。
ではアラグランデは?
アラグランデでは「ボールを大事にしよう」という指導が当たり前にされてきたと思います。
小学生から中学生まで共通しているのは「つなぐ」という意識が非常に高いということ。
ならアラグランデもポゼッションサッカーなのか?と言われるとそうではないと思います。
ポゼッションサッカーというものはあくまでもチームのスタイル・戦術としてのものであると思います。
アラグランデではあくまでも個人の技術を上げること、自分で考える力をつけることを考えて指導しているわけであって、その結果が現在のスタイルになっているだけだと思うんです。
ポゼッションサッカーに対してカウンターサッカーなんてのもあります。
相手のボールを奪ったら相手の守備が整う前に一気に相手ゴールへ攻撃を仕掛ける。
中には相手が守備を整えていてもとにかく前に放り込むサッカーもよくあります。
では何故ポゼッションサッカーがもてはやされるのでしょうか?
バルセロナがヨーロッパを制し、そのスタイルをスペイン代表がそのまま持ち込みワールドカップを制して一気に時代の波に乗りました。
しかし昨年のチャンピオンズリーグ準決勝ではドイツのバイエルンミュンヘンがバルセロナを2戦合計7ー0とけちょんけちょんにしてしまいました。
先日行われたU-17ワールドカップ決勝トーナメントでも日本が75%のボールポゼッションを誇りながらもカウンター2発でスウェーデンに敗れました。
スウェーデンは2列のブロックを作りそこまでは相手に持たせてやっただけ、ボール保持率を相手に上げられただけと言えます。
保有率が高ければ強いとか負けないとか簡単な事ではないのです。
ポゼッションサッカー・カウンターサッカー、そしてもうひとつ究極のスタイル「だんごサッカー」がありますよ。
相手のボールを奪おうと全員が相手に襲いかかる。つまり「全員サッカー」です。
小学生年代における「だんごサッカー」はおそらくコーチも大好きです。
もちろん年齢が上がってきてもずっとやってるようでは困りますが。
低学年のゲームで応援の父兄から「広がって!」とかだんご状態で相手ゴールに向かってるのに「⚪︎⚪︎戻って!」なんて言葉はNGです。
まず大事なのは相手のゴールにボールを入れること、ボールは俺が捕るという気持ち、「団子になるな」では何すれば?。
それがわかってきたら自然と変わっていきます。
という私もその辺の事はコーチから教わってきたものですけどね。
小さい時から戦術に縛られると判断力・技術力・楽しさ等失われる部分が多くなる恐れがあります。
どんな世代でも監督の求めるサッカーというのがあり、その監督のサッカーに合う選手が選ばれる。
アラグランデには監督は居ません。
育成年代は監督ではなくコーチが必要です。
いつか子供達がアラグランデを卒業する時、どこそこのチームはこんなサッカーやってるからいいねとかそういう目線で観れて新たな道に進めたら良いのではないでしょうか。


2013年10月20日日曜日

「10/20 天候-雨 心-快晴」

トップチームはこの1ヶ月県リーグ昇格をかけた戦いをしていました。
今シーズン長野県の地区リーグである中信1部リーグを戦ってきて、無敗で優勝することができました。
長野県の地区リーグは北信・東信・南信・中信と4地区に分かれており、今回各地区優勝チームが総当りで2枠の昇格枠を争いました。
第1戦は9/22北信代表との試合、高気温な天候の中6-2と初戦を勝利してしっかり勝点3をゲット。
3週間後の10/13、東信代表との試合、相手は第1戦で勝利していますので、現時点での首位攻防戦、試合開始早々に1点先制されそのまま後半へ、試合終了まで5分をきっての待望の同点ゴール。
アラグランデと東信代表が勝点4で並びましたが総得点でアラグランデが首位、南信が勝点3、南信が0となりました。
そして今日10/20台風の影響か土砂降りの伊那での最終戦。
第1試合の東信VS北信は東信が勝利して昇格決定。
アラグランデ(4)VS南信(3)、勝った方が昇格、引き分けるとアラグランデが昇格です。
縦に縦にと展開してくる相手に前半先制されてしまいます、前半は他にも何度か危ない場面もありましたがそのまま終了。
後半開始⑨投入、FKのチャンス、これを⑨が決めて同点。
その後右サイドの⑨が相手DFを引きつけて逆サイドにグラウンダーで展開、そこに走り込んできた⑧がダイレクトシュート。
これで2-1と昇格が近づいてきました。
後1点とって試合を決めたいところではありますが、相手も昇格を諦めてはいません、縦へのボールを次々と放り込んできます。
そして相手コーナーキックから痛恨の失点、これで相手も1点獲れば昇格、残り10分・・・。
なんとか守り切ることができました。念願の昇格を決めました。
はくばFCでの県昇格戦敗退から10年、あの時のメンバーも数名、あの頃小学生だった選手、あの頃からサポーターだった人達、みんなの思いで勝ちとった昇格でした。
この3戦全てが簡単な試合ではありませんでした、全てのチームが各地区で優勝してきた猛者達です。
こんな、いえそれ以上のチームと来年は戦わなければなりません。
今年以上にみんなで力を合わせて戦っていきましょう。
昇格を決めた今日、もうひとつ嬉しい知らせが入りました。
U-12カテゴリで参戦中の「第12回チラベルトカップ長野県少年サッカー大会」でベスト4へ進出しました。
県下113チームが参加する大会でのベスト4です。
アラグランデのジュニアカテゴリでのこの成績は初です。
ここはやはりアラファミリーの力で頂点をとってもらうため、10/26(土)はアルウィン補助グランドに10:30集合です。
4/113から1/113へ!
Toward the goal of ala Families!
英語あってるかな?
写真はアツシ君が撮ってくれたものです。雨の中ありがとう!